この世の中に正しさは少ない。それ故に中途半端な事ばかり。
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世界は中途半端で回っている。曖昧で回っている。

この世の中には、正解や不正解。答えや間違えで本当に回っているか?

ほとんどが中途半端で、答えが出せない物ばかりじゃないのか?

人対人では言葉が変わり、曖昧に変わる。では、世の中だとどうなる?

時に正しさが悪に、悪から正しさになることも少なからずあるだろう。

ただ、全てに答えは存在しない。それが私達を刺す。

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生きている世界は極端か?

私達が生きている世界の物事、全てに答えは存在するか?

全くもって答えは存在しないと私が言おう。

この世の中は教科書通りに進まない。と生きていれば感じる事だろう。

でも、それこそが最も真実に近づく近道。

 

今、何かを無理して叶うか?体を壊して何か叶うか?

教科書はある程度の道筋でしか無い。此処から時代と共に応用をしないと生きれない。

スマホ1台で何でも出来てしまう時代だからこそ、時代と歩む。

検索しても出てこない問題が貴方を苦しめているかも知れない。

それは貴方にしか無い個性だとも言える。

初めは苦しいと思うけど、後々何かの役に立つから大事に。

 

この世界線に極端が存在しない。

100人中100人の答えが同じことなんて無い。

少なからず偏った考え方の人が一定数居る。

それが私か、貴方か。

これこそが偏りの原因かもしれない。

疑うことで本心を出せない人だって、逆に言う人だって存在するからだ。

 

逆に言ってしまえば、極端にならないと言うことは自分で考えろって言っているような気もして

正解や不正解に囚われていたら、そればかりになってしまったり。

難しい問題です。

 

中途半端は中途半端でやるせない気持ちになったり

でも、この世の中に答えは見つからないし、なんか割り切れない。

それでも、割り切らないと前に進めない。中途半端ばっかり。

難しい難しいと言いながら忘れて行くのだろうか。

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世の中に答えなんてない。

私達はいつも曖昧に狂わされる。

物事から人まで、何から何まで曖昧が付き纏うんだ。

では、世の中を巻き込んで考えてみるとどうなる?

それは、答えのない世の中。

誰かはこう言っていたのに、誰かはこう言っている。

どちらを信じれば良いのか。と私もなった。

ただ、分かったことは信じることではなく、臨機応変に全部変えること。

どこ行っても顔色を伺わないと行けない世の中で、答えすらも無い。

 

他人を信頼する以前に、道筋がその人と合わなければいずれ決別してしまう。

そんな世の中に未来はあるのか。と思う私。

答えがないなら答えを導き出すしかない。とずっと思っている。

他人から君の未来が見えないと言われた所で、視点も時間の流れも年齢も考え方も違うのに

分かったつもりになられても一方通行なだけだ。

答えに囚われ過ぎてしまえば、分かったつもりになってしまう。

それが人間だと言われた所で、なんの問題もない、当たり前を壊せばいい

そうじゃなきゃ未来を導き出すなんて不可能に近いだろう。

 

この世の中は、答えを求めたら負けなゲームかもしれない。

自分はこうありたい!と軽く考えていれば叶うかも知れない。

絶対にこうなりたい!と重く考えればその重圧で叶う事も、叶わないかも知れない。

違いがあるとすれば、願えば願うほど、願いは叶わなくなる。

願いは重くなればなるほどに逃げてしまう。

それは恋愛でも、物事でも共通しているのだろう。

 

答えに執着するより過程に執着すればいい。

そうすれば振り返った時に歩いてきた道が分かるから。

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正しさが悪に変わる瞬間。

生きていれば理不尽を突きつけられることも多々あるだろう。

でも、正しさが目の前で悪に変わる瞬間を貴方は見たことがあるか?

私は目の前で見たことがある。

その時に縋っていた物が全部ぶっ壊れ、どうでも良くなった。

あ、この人達は、面倒くさがって人を1人殺した。と思った。

正しいとか悪とか以前に人間として腐っていた。

それこそが悪なんだと知った。

 

時に悪が正しい時も少なからずある。

それは正しさが壊れ、消滅した時に悪しか答えがないから。

中途半端が存在しても、煮えくり返った心にそんな余裕はない。

 

正しさは絶対に正しい。

悪は絶対に悪。

と言い切れるのは何も分かっていない証拠だ。

現実を見たら正しさ?笑っちゃうね。って腐った世の中に希望なんてなかったって

きっとなってしまうよ。貴方も君も。

 

この世の中の判断基準はどこに載っている?

この世の中の正しさは、絶対はどこにある?

どこにも無いんだよ。見えないんじゃなくて、そもそも無いんだよ。

誰かが創り出した幻想なんだよ。

例え間違っていても、いつまでも正しさになっている。誰も腐っていることに気づかないんだよ。

だから、信じる以前に腐っていないか、確かめないと安心できない。

影響を受けてしまう可能性があるから。

 

正しさも悪も変わらない。

自分だけが正しい。とは思わないで欲しい。

分かってくれる人は少なからず存在する。

私も見つけたから。

答えがないからこそ刺さってしまう。

答えが欲しい。と思うことは多かれ少なかれあるだろう。

それが、人対人なら答えを求めたくなるだろう。

でも、答えを答えてくれない人も、目の前から消えることもある。

それは傷を広げているに過ぎない。

刺すなら一発で刺してくれ。と私は思ってしまう。

刺さなければ傷は浅いなんて考え方は消えてしまえ。

長引かして、苦しむのはこっちだ。

 

全てに答えを求めることはしない。

だって、答えを求めてもこの世の中は答えなんて存在しないから。

でも、答えを求められる相手がいるなら求めた方が良い。

嫌がられたとしても、真実が違くても私は言葉が欲しい。

それでこそ今があると思うから。

いずれ言われたことも治癒する。それだけは知っている。

まとめ

今回は世の中の正しさばかり目に言ってしまう事を書いてみました。

悪は悪だ。正しさはいつまでも正しさだ。

そればかり目に入ってしまう私が、思うこと。

正義が悪に落ちるのことを常に考えている私はきっと腐っている。

でも、元々腐っている人よりかは腐っていない。

正しいことは本当に正しいのか?それは現実を見た者にしか分からない。

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