何かが出来て、何かが出来なくても、自分を認めよう。
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目次

何かができないより1つ自信が持てる物を作ろう。

誰かと比べ、劣っている所ばかりを自ら貶すのは辞めよう。

自己肯定感、承認欲求を高める。私も難しい。

それでも、何か1つ「〇〇だけ」は自信満々で誰にでも見せられるようになろう。

上を見れば見るだけ自信を失う。なら見なければいい。

私は多分色々な事ができる。でも何も出来ない。と言っているのは此処で止まりたくないから。

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劣っている事を貶しても変わらない。

何かが人より劣っている。それは誰を基準にしているの?

凄く努力している人?

凄く恵まれた環境にいる人?

その人達を羨ましがっているだけでは、何も変わらないよ。

誰しもが、皆が見ていない場所で何かを頑張っている。

天才と言われている者達も努力をしている。

何かが直ぐに出来てしまう人は、その分要領が良いと言われる

多分、色々な事を経験しているから、その物事のコツが分かる。

恵まれている環境にいるから色々な事が出来る?

「自分は恵まれていないから何も出来ない」

例え恵まれなくても、それでも努力すれば良いんじゃないかな。

努力をせずに他のせいにするのは、とっても簡単だよ。

これを言えるのは貴方が恵まれているから、って思う人もきっと居る。

私の普通が、恵まれているのか、恵まれていないのか分からない。

私から見る普通は、普通に生きることだ。

過去にこの目で見てきた、記憶を捨てても、今を生きていたい。

それを思うのはあまり良い記憶がない。

 

自信がないからと言って、自ら貶して何が変わる?

誰かと比べてしまう自分を貶す

誰かの為だと嘘を付いて本心を隠しその後に貶す

誰もが言う、自分はダメだ。と、それは本当に必要なのか?

私も自らを貶してしまう時はあるけど、明日に引きずったりはしない。

貶すことを辞めるのは難しいかも知れない。

それでも、自分を変えることを諦めなければ辞められるよ。

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自己肯定感を高めるのは難しい。

自分は、他人は、自らを認めることが出来る。

それは、自信を持つこと。

出来ないのは自分に自信が持てないから

素直になれないから

理想ばかり目に入ってしまうから

色々な要素が組み合わさって自らに鎖をしている。

 

私は自らを認めているのか、認めていないのかさっぱり分からない。

だから、誰かに認めて欲しい。と思ってしまうし

相手が自分を認めてくれれば、それだけで良いと思ってしまう。

ただ、1人になった時に、誰も認めてくれる人が居なくなった時に、

私はまた、悲しみだけが溢れてしまう。

自らを認めればどうなるんだろう。

認める。一概には言えないけど、自分を許す事なのかもね。

 

自己肯定感と承認欲求はセット?

自己肯定感は、自分に自信が持てない。

承認欲求は、他人に認められたい。

この世の中にはどちらも欲してしまう人が多い。

人は人に見て貰うために生きている。1人では生きれない。

 

私は、1人で生きていけると思っていた。「少し違った。」

誰かの優しさに浸かっているから、そう思っていただけだった。

誰かは誰かのために生きている。

でも、お互い折り合いを付けながら生きている。

例え、誰かに認められなくても、認められるまで頑張って見ること。

それが、良い方向に傾いてくれれば何かは変わる。

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何かを努力してみたら?

自信が持てないなら、好きな事してみたら?

誰かより、自分を満足させてみたら?

たった一つでも、好きが優る物があれば自信にも繋がる。だから、好きを追求しよう。

好きだから努力が出来る。それは当たり前ではない。

だから、好きを通り越してしまえよ。

世の中的には好きなことを仕事にするなと言われているけど、

中途半端にしなければいい。

 

私は努力を努力と思っていない。

正直な所、暇つぶしぐらいにしか思っていない。

初めは努力するし、億劫になるけど、徐々に好きになり、物事とお友達になる。

私はやる気を出したくない。淡々と何かをしていたいだけ。

自分を満足させる。その為に努力は惜しまない。

 

好きなことをしても自信に繋がらない。

それは、思い違い。

何かをする姿勢に自信が付くから。

好きでも、中途半端にしてしまえば自信すら失われる。

自信は、物事の姿勢で量も質も変わる。

それをあまり人は分かっていない。

 

努力しても到底叶わない相手はそこら辺に居る

だから、自分を持って、誰かに囚われてはいけないよ。

上を見て、憧れるより、自分を楽しませられるように努力しよう。

明日をワクワクさせよう。

それだけで、熱中を通り越して、何だって叶うよ。

私が何も出来ないと言う理由。

私は人より出来ないことが多い。

それは、生きることに対して、絶対的に必要な事は何なんだ?と常に考えていると

何も出来ていないな。と思うから。

出来る事は人より多いし経験もある。

それでも、今の自分を透視した時に出来ていないの文字が浮かぶ。

理想が高い訳ではない。生きることに執着があり過ぎてしまっているんだ。

 

出来る。出来ない。その間にあるのは自信か、それとも、理想か。

私はあまり出来ることを自重したくない。プレッシャーに押し潰されてしまうタイプだ。と自分で理解しているからだ。

自信満々に出来ると言える程目立ちたくもない。ただ、生きる為に何かをしている。そんな私だから、例え、出来ても、自信満々には言えない。

認める。それは自分の中ではとっても難しい事だ。

それでも、生きる為には選択を迫られる事ばかり。だから、他人の言葉に傷つけられてしまう。

頑張ろう。時には逃げよう。余裕を持って考えよう。私はこれを常に考えている。

まとめ

今回は出来ること、出来ないことは人それぞれだ。と伝えたくて書いてみました。

居心地が良い環境、悪い環境、それでも明日は来るし、来てしまう。

その中で、色々な選択を自ら進む。努力を惜しまず行っても、行わなくても、未来には反映される。

だから、今を一生懸命生きよう。

 

 

 

 

 

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